冨永 未知(とみなが みち)
ペンネーム、桐村更(旧 石井更)。
脚本を書く時は、ほとんどこのペンネームを使用。

振付もできる。誰も信じないけど。マジ。 昔懐かしいミュージカル映画とか好き。
撮りたい・・・お金があれば・・・。
さて、中学時代に映画にはまって様々な資料を買いあさり、高校時代には、『カサンドラ・クロス』の“ツバメ”役、マーティン・シーンに惚れ、映画配給会社に問い合わせてなんと自宅の住所をゲット!
ファンレターを出すが、そこは赤点の英語力、返事も来なかった・・・。

で、見るだけじゃなく自分たちでも撮りたくなり、友人3人と文化祭で8ミリ映画を撮ろうとしたが、何にも判らず大失敗し、映像の勉強をちょっとだけ始める。

短大に入り、写真部で8ミリカメラを見つけ、仲間と「撮ろうや」と、自主制作の世界に足をつっこむことに。それが「五絵夢(ごえむ)」。

短大卒業後、8ミリカメラで当時“サウンド・ブレイク”風の作品を幾つか撮ってたけど、そうたいしたもんじゃなかった。

1995年、萩のミュージカル劇団さくら組の『トラスト・マイ・スター』に、脚本と共同演出で参加。
この時、記録で撮っていたビデオを素材に久し振りにビデオ・クリップ風の作品をつくる。

以降、山口市内のアマチュア劇団と交流を持ち、それまで弱かった制作部分のお手伝いを始めて、ポスター等に個人名がでるのが恥ずかしく、「Ease Company」という屋号をつける。
そのEase Companyのプロデュースで、1998年1月、美術・演劇・映像で構成した公演 『・・・ある・・・』を開催。
1999年には、ケーブルテレビで放送された、ドラマ仕立ての広報番組のシナリオを担当。
また、『パワーアップフォーラム21』(2月、11月)、『プチきら‘99 凧& カーニバル』(5月)などの県関係イベントに実行委員で参加などもした。で、2000年からは、YVECの会員として、できるだけたくさんの映像に係わっていきたいと思っている。

夢・・・。
映画を撮ること。SFの超大作。それから身近な夢としては、ケーブルテレビでいいから、1本、番組を持ちたいな。

以上、2000年2月初旬の私です。